津村記久子『この世にたやすい仕事はない』

いまさら読んだ。津村記久子の小説、体感7割くらい読んでいて、まあまあ自分に合ってる……というか一つの作家で複数読んでるほうが少ないので、合ってると思います。これも読んだことあると思ってたけど、読んでたら絶対忘れないだろというくらいはおもしろかったので、読んでなかったようだ。

裏の紹介文、「共感と感動のお仕事小説」とのことだが……そんな○○○○○作品みたいなほっこり感を出すな! 違うだろ……記久子のよさは! 平易な文章の中から匂い立つユーモアとうろんさだろ!

生活をする上でお金を稼ぐ手段(主に労働)は避けることができないので、どういう仕事をするか……どのように仕事に関わるか……はどうしても人生でまあまあの比重を占めてくるわけだが……。いろんな苦労はあるだろうけど、それを受け入れて現実に向き合う、というのが……なんかすごくよかった。『アレグリア』『ポトスライム』の後に書かれた作品でこういう結末になるの、すごくいい。すごく。あと、愛着を持って仕事をしている人はそれだけで一定の尊敬に値するという気持ち、マジで分かるな……。

面白いといえば面白いかな……という1章はさておき、2章から加速度的に面白くなっていく*1。1章ごとにきちんと話がオチているところもいい。ちょっとうろんな香りがする2、4、5章は特に好きだが、自分は4章『路地を訪ねるしごと』が一番好きかな。日常の中にある悪意や不幸、そこから生まれた「悲しみ」の一部に触れるからだろうか。

あとは記久子*2のやや辛辣な物の見方が見えるところが好きです。

私は、照井さんというおととい話したおじいさんを思い出す。確かに、何のこだわりもなさそうというか、基本的に物事を簡単に考えているのだけれども、それを指摘したらすごい速さでへそを曲げそうな、ああいう年代にたまにいる感じの人ではある。(p.261)

まさかそんな、たいていの人は、自分に必要な人間関係は、これまでの人生で調達できているわけだし、突然現れた若い女や若い男が引き込もうとする関係に自ら入って行ったりはしないだろう、というのは甘い見通しで、現実には、見た目が良くて親身になってくれる若い人においでおいでをされると、そちらに傾いてしまう人もいるのだ。(p.282)

ここら辺とか。さすがにないだろうと思いつつ、でももしかしたら自分は「傾いてしまう」側の人間になる可能性もあるな……と思って、ちょっと痛いところを突かれたような気持ちになった。でも『さびしくない』に騙される人は無知で愚か、という描き方はせず、そういうこともあるだろう、という感じに距離を取っているのがいい。「この同情はうすっぺらいかもしれないが、しがらみがなく簡単に受け取れる気がする」あたりは、そんな状況になったことがないのに、分かる、と思った。

いや、さびしくない人はいないんだ、それをそういうものだと思えるかどうかだ、と。みんながみんなさびしいとして、そのさびしさを誰とのどの深さの関わりで埋めるか、もしくは埋めないのかは、本人の自由なのだ。(p.292)

この作品の中であまり「仕事」と関係ないけど、かなりいいなと思った部分。

5章はずっと濁されていた「辞めた前の仕事」が明らかになり、そこで話が結ばれる。一本の線が円として閉じたような印象。いい終わり方だ。

自分はひねくれ者なので「仕事をしてればつらいこともあるけど、そこが踏ん張りどころ!前向きに頑張ろう」みたいな励ましや「世の中に仕事はいくらでもある!嫌なら辞めちゃえばいいんだよ!」みたいな無責任な言葉を見ると「うるせ〜〜〜〜〜」という気持ちになってしまうのだが、この話はそういうんじゃなくて……。他人にかける激励じゃなくてそっとそこに置かれた祈りだな、と思った。自分はいまの会社も仕事も好きだけど、辞めたいと思う日が来るかもしれないし、そのときどういう身の振り方をするにせよ、近くにお守りみたいに置いておきたい本だと思った。

*1:NHKでドラマ化したのも2〜5章だった。さもありなん

*2:友達気取りである